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【歴史】日本の観光展開 3/4

さて、ここからは戦後の観光展開。いよいよここから皆さんがよく知る観光が展開されていく。なぜそのような変化が起こったか。勘のいい方はお気づきかもしれないが、それは第1章、第2章でも軽く触れたものだ。

1つ目は産業構造の変化。これは戦前から徐々に農民以外、特に工場労働者やサービス産業の労働者が増えた。365日休みがない状態だった農民に対し、彼らは職場の労働力が足りていれば仕事を休むことができる。これにより数日間生活圏から離れることも安納になった。また工業やサービス業の給与水準は農業よりも高い。平民も時間と金銭的余裕を手にしたことで観光が国民的な行動になっていった。

2つ目は交通インフラの発達。新幹線はないとずっと言い続けてきたが、いよいよ1964年に東京―新大阪間が開通する。1960年代にはそれらに加え全国総合開発計画という国策で交通インフラの整備が進んでいく。1つ目の金銭と時間の余裕も生まれ、交通網も発達したことでさらに人々の旅行は容易になった。

観光需要が一層大きくなったことで、観光開発も進む。国立公園や海水浴場の開発も進む。1980年代にはリゾート開発も進む。今や日本で知らないものはいない東京ディズニーランドもこのころに完成している。産業構造の転換とインフラの発達による、大規模な開発で大規模の旅行者を動員する観光をマス・ツーリズムと呼ぶ。

一方、このころから行き過ぎた開発が問題視される。そう、環境問題だ。森林や海洋の被害は大きくなる。さらに悪いことにバブルが崩壊するとそういったリゾートに人が集まらなくなり、自然が失われるばかりか、せっかく開発したリゾートも無駄になってしまった。

このようなマス・ツーリズムの弊害を反省して、新しい観光形態を模索する動きが出てくる。その一例が自然を保護しつつホストだけでなくゲスト(旅行者)にも自然を配慮しつつ、雄大な自然を巡る「エコ・ツーリズム」である。

エコ・ツーリズムはもともとはコスタリカで生まれた考え方である。コスタリカは珍しい動植物恵まれていた。一方、それらを観光資源として活用すると、一部の心無い観光客がゴミのポイ捨てや動植物をいたずらに傷つけてしまうといったことが起こりうる。観光資源を守りつつ、観光資源を生かすために、マナーを守らせつつ、自然環境に触れるという新しい観光を打ち出した。

他にも有名どころだと、農村に泊まって農村の生活を体験するグリーン・ツーリズムというのも新しい観光形態だ。大量展開したマス・ツーリズムの弊害を乗り越える観光形態が模索されており、その動きは現在も続いている。

さて、ここまでが今日までの観光の展開だ。次回はもう少し新しい観光に触れたうえで、私の考えを整理して観光展開に関する記事も終了にしようと思う。

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