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【歴史】日本の観光展開 2/4

前回は日本の観光の原点を紹介した。しかしこれは原型なので私が想定している観光とは異なる。お伊勢参りは互助組織があって初めて成立していた。しかし現代人はそんな組織に縛られずに旅行ができている。ここでは互助組織に縛られない、より現在の観光に近い展開を記していく。

より互助組織に依存しない最初の観光とは何か。ずばり「避暑」である。

時は明治初期。日本の鎖国は解かれ、欧米人が出入りするようになる。しかしこんな時代に日本に来れる外国人はほとんどが各国の政府関係者。彼らは自国からの資金があるためお金持ちと呼んで差し支えない存在である。彼らには1点困った問題があった。

それは彼らにとって日本は暑いのだ。アメリカはともかく、ヨーロッパは日本と比べ寒い。日本で寒い地域の代表の北海道でさえ、ヨーロッパでは比較的温暖なイタリアと同じ緯度にある。それより北にあるイギリス、フランス、ドイツといった国からすれば非常に温暖な国だ。そんな彼らは暑さをしのぐため、東京付近に暑さをしのげる場所を探した。それが軽井沢である。

標高が高く過ごしやすい軽井沢。しかもどことなくヨーロッパと似た自然環境は西洋人の心をひきつける。一部の上流階級はそんな西洋人への憧憬の念から軽井沢で余暇を楽しむようになる。徐々に日本人が増えるにつれて軽井沢を離れるようになる。日本人が増えることで西洋人の避暑地としての地位がゆがめられたからである。そして彼らは第二第三の避暑地として中禅寺湖や箱根へ避暑の場を広げる。

最初は避暑から観光が始まる。そして富裕層がワンランク上の人の活動を模倣してそうした活動が社会現象になっていく。次第に景勝地を中心に、海水浴などのアクティビティ、寺社仏閣巡りも観光地としての地位を獲得していく。大正期・昭和初期には鉄道も広がりつつあるため、都心からアクセスできる場所が増えたことで、観光としての活動の場が広がっていった。

これが明治期から戦前までの観光の展開である。構図としては観光を実現できる最上流層の行動を一つ下の階級が真似る。それが経済レベルの成長によって徐々に享受できる人間が増えてくるというものだ。ま

また観光の人口が増えることで観光が産業として成立するようにもなる。このころには外国人を日本に誘致するための組織も設立される。組織の名はJapan Travel Bereau。今のJTBの前身となる組織だ。外国人もそうだが、鉄道会社などを中心に観光開発が進むようになる。

簡単に本章のまとめをしておこう。

・当時の上流階級というべき、欧州高官の避暑地として観光が始まる。

・上流階級の行動を1つ下の層の人間が真似る

・観光を享受する人が増えて観光が産業として成立。それによって国内の観光開発がすすむ。

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