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【歴史】日本の観光展開 1/4

さて、皆様は日本において「観光」とはいつから始まったものかご存じだろうか。定義にもよるが、皆様が想像している(と思われる)観光は戦後、もっと言えば1960年代からのものだ。多くの人が子供のころから当然のように旅行していると思うが、現代的な旅行がある程度の層に浸透したのは19世紀の後半からである。

これは私の記事で書いた「人はなぜ、旅をするのか」という問いに対して学ぶうちに積み上げてきた知識を活かして執筆した私の修士論文のメインテーマの一角である。これに触れるだけで今と昔で観光がどう変わったかがわかると思う。読み物としても面白いものを目指すが、今後の経済や技術に明るい人が見ると未来予測までできるかもしれない。楽しみ方はそれぞれなので、皆さんが思うように活用してほしい。

さて、まずはここでいう観光の定義をさせてもらう。この記事では「娯楽・療養を目的として居住区を数日以上離れる行為」を旅行とさせてもらう(こう定義した理由は後ほど)

上述の定義とは離れるが、日本における旅行の原型は「お伊勢参り」とされている。おかげ参りとは、伊勢神宮への参拝である。鉄道も飛行機はもちろん、自転車さえ存在しない時代の伊勢神宮への参拝手段は徒歩しかない。しかし、旅行ができないのは手段が問題じゃない。もっと問題なのは生計の手段だ。

当時の平民の仕事は農耕。そのため、数日も自分の田畑を空けることはできない。そんなことしたら虫、動物、野盗に荒らされる。だからたとえ体力があっても遠方には出かけられない。

それを実現するために互助組織が誕生した。村の中で1名だけお伊勢参りに行くことができる人が毎年選ばれる。その人のお金を村の全員で捻出し、その間の農耕は組織で行う。お伊勢参りを終えた人は伊勢の絵巻物なんかをみなへ還元する。こうした支えあいによって成立していた。余談だが、この絵巻物を配る風習が現在のお土産の起源だとされている。

こうしたある種巡礼と言える行動が旅行の起源ともされる。キリスト教徒が聖地のエルサレムを訪れることもあったそうだが、詳しく調べてないため割愛する。

私はお伊勢参りが日本における旅行の起源と考えている。少なからず宗教的な理由を帯びているが、動機は内発的なものだ。一方、参勤交代は征夷大将軍から命じられたため、江戸まで赴く。これも「居住区を離れる行為」だが、旅行と言えるだろうか。同じ行為でも、外発的動機によるもとか内発的動機によるものかどうかが旅行かどうかを定義する重要なポイントである。

ちなみに、本当の意味での最初の観光は紀元前のローマ帝国の皇帝、アウグストゥスが行った保養であるともいえる。ローマを離れ、青の洞窟を保養のために活用したという逸話が残っている。しかし、これはローマ皇帝という非常に特殊な地位の人間打からこそできた行為であるため、今回考える旅行からは割愛する。

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